昭和五十六年七月八日 朝の御理解


御理解第六十九節
信心はみやすいものじゃが、みな氏子からむつかしゅうする。三年五年の信心では、まだ迷いやすい。十年の信心が続いたら、われながら喜んで、わが心をまつれ。日は年月のはじめじゃによって、その日その日のおかげを受けてゆけば立ち行こうが。みやすう信心をするがよいぞ。


 終戦後私がこちらへ引き揚げて参りましての事でございますけれども、もうそれこそ一般では食べる物、着る物一切に難儀困ぱくの時代でございます。こりゃ皆国民全部がそうでしたが、中にはそれとは又反対にとても、云うならば、私の知った人はきれいな娘さんがおりまして、進駐軍の将校の方とまあ結婚しました。そんなわけでもうそれこそその人の家に参りますと、無い物がない。もう衣類、食べ物、もう薬品網あの人の家に行きゃ、なんでもあると云うように、もう甘な辛ななど積み上げてありました。
 参りますともうあれを食べろ食べろと云うて大変まあとてもいいかたでしたから、サービスされますから、いつも五人六人はその知り合いの人達がたむろしておると云ったような状態でしたが、私が信心の話をしたり、お導きをしたり致しましても、一時は信心になりましたけれども、やっぱ困ったこと、難儀なことがないもんですから、ね、信心も本当の信心にならんなりでしたが、ある時に大坪さんあたしゃ今、こげな極楽な思いをしよるが、今一辺にすうっと地獄に行くごたるこつになりゃせんじゃろかと思うて、晩も眠れんようなことがあると云ってますね。
 あんまり善いことをしておる、このよいことの裏がさーっと来るのじゃ無いだろうかとこういう。又事実そういう事になって、まあ娘さんがあちらへ参りましたからそれでまあ、後からあちらへ行かれました。
 それが私が思うのに、例えば本当にこれが極楽であろうか、こんな有り難いめをしてよかろうかと思うようなときに、これの裏が来やせんじゃろか、罰がかえって為にあたりゃせんじゃろかというような、この思いがねその事実の本当に結構なおかげを頂いて有り難いという心の状態が開けて来るまでが信心だと思うですね。
 今日の御理解で申しましと、いわゆる信心は容易いものじゃけれども、投稿始めにおっしゃっておるけれども、3年5年ではまだ迷いやすいと十年信心が続いたら我ながらわが心をまつれるような、心の状態になってから、信心はある意味において、容易いのであり、どういうおかげを受けても、ただ有り難いもったいないで、いよいよ有り難いもったいないが広がって行くばかりなんです。けれどもそこには信心がありませんと、こりゃ人情としてですね、今申しますように、そんなに極楽な思いをさせてもろうてすーっとこれが反対の事になるような事はないじゃろかと云う不安がともなう。
 だからそういうおかげはいつまでもは続かん。お道の信心させて頂いて、段々我ながら我心が拝めれるようになると云うことは、一年一年有り難うなって行くと云うことでもありますから、ね、いよいよそのおかげは広がりに広がっていくおかげで、そこはなら有り難いもったいない神恩報謝の生活ということになって来なければならんのですよね。
 昨日一昨日は行橋地区の共励会でしたから、ここから先生方が、四、五人参りました。昨日、末永先生が参りましてから、お届けをいろいろさせて頂きますのに、もう行くたんびに御信者さんがふえていっておる。行くたんびにつくえでしょうね、人の多くなるに従って、その机が一脚つづお供えがあるそうです。だからもうお広前いっぱいにあのう、台を出してそして共励であったとこう云うのです。ね。有り難いことだと思います。そしてその丁度教会のように、小さい塗板が掛けてある。塗板に毎日書かれるのが変わるそうです。それはあちらに小学校五年生でしょうかね、良太郎君というて、かわいい子供がおりますが、この人が神様からお知らせを頂く。そのお知らせがいつもの場合でも、素晴らしいとても子供の頭脳からでるような思われないような、お知らせを毎日その塗板にかかれるそうです。その塗板に書いてあるのを写して来ておりましたから、ここへ書いて来てくれました。
 御神意がどうして、意味が分からない所もありますけれども、ひとつ「辛抱し待つばかりなり宝船」と素晴らしいでしょう。辛抱し待つばかりなり宝船。お互い宝船のおかげを頂きたいけれども、その辛抱しぬいた向こうにね、本当に徹底して辛抱しぬいたところにです、待つばかりなり宝船です。絶対です。その辛抱が出来たり、出来なかったり、例えばなら、土の信心なら、土の信心だとこういう。それを失敗したり、でけたりでけなかったりではいつまでたってもそういう心は生まれてこんです。又待つばかり宝船となってこないです。
 もう信心とは徹することです。ひとつの辛抱。朝起きがなかなか難しい。けれどもやはり、辛抱しぬことです。ね、本当に例えばからだが悪いです。ほうてでもお広前にでてくる。そういう辛抱がしぬかれた向こうに、待つばかりなり宝船なんです。それがでけたりでけなかったりじゃったら、いつまでたっても同じ場所を堂々回りしなければなりません。それが身についてしまうから、云うならば楽なんです。それがなら、身に付くまでが信心辛抱。
 その構えでその稽古をしようということになりゃ難しい事じゃない。例えばなら、朝起きなら朝起きでもです、私はいつも申しますように、朝の時間を大切にせろと、朝の時間はもういうなら昼からの三時間以上にも匹敵すると思うて、朝の時間を大切にせよと。為にはその朝の時間が一番素晴らしいコンディション、心の調子が一番よいと云うように、工夫しなければいけない。晩だけは心のコンディションがようて、一時までん起きてる。というようなこつじゃ無くて、やはり朝の時間が一番、私の心の調子が良いとき、一番有り難い時と云うような工夫をしなけりゃいけんです。ね。
 もうちゃんと御祈念の間は眠ってしまう。なかなか御祈念の時間におきれません。御理解はどげな御理解じゃ分からん。眠り半分で聞きよるけんで、そういう信心がただし、五年十年続いた所で、我ながら我心を拝めるようにはなれない。ね、そしてまあよしなら、ふがよくて、まあ有頂天になるような、そのおかげを頂いたに致しましてもです、その反面に、こげなこつでよかじゃろか、こげなこつで又こげな極楽なめしよるが、すぽーっと地獄に行くようなこつは中じゃろかと云うような心が必ず起こってくるです。
 昨日の御理解なんか頂いとりますとね、そりこそ、あのう清濁一如信心。ね、例えば御祈念中に雑念妄念があっても、それも云うならば神愛。昨日はその事の発表に皆さんがその事も神愛だとこういう風に表現してましたから、神愛の一部だと書き直せと私は申しました。ね。悪念雑念、場合には悪念と思われるような悪念。雑念妄念ね、それもよくよく、考えると、神愛のおかげであると云うのであるというのであって、その事全体、その事だけが神愛じゃないのだ、そういうなら清濁一如の信心が頂けると云うのも、なら今日の御理解じゃ無いけれども、我ながら我心がまつれるようになってから、初めてそれが理解が出来るのであり、分かるのである。それを分からん先に、ああもう清濁一如、合楽の場合は人間が人間らしゅう生きて行く生き方だと云ったようなね、間違った取り方をしては、それこそ、いつまで立ってもおかげにならん。辛抱し待つばかりなり宝船である。辛抱しぬいてということなんです。
 なら三代金光様でも初めての間は、泣く泣く辛抱しいしいに辛抱しとったとおっしゃる。そん向こうなんです。ね、そこんところを私は頂いて行きたい。四神様の御教えの中に、「惜しい欲しい憎い可愛いを捨てれば楽じゃ」とおっしゃる。例えば昨日の御理解とはちょっとこう合わないような感じがする。憎いやらね、愛しい心やらね、惜しいやら欲しいやらの心が起こって来る。これも神愛だというわけにゃいかんのです。心の改まりが第一であり、本心の魂を研くことが信心であり、ここん所が私は身に付いた人が私は昨日の御理解は頂いておかげになる御理解であるという風に思います。
 私共の心の動きという物が、小さい心の動きひとつにでもです、はあ自分の心にはまあだこんな汚い心がある。こんなあさましい心があると、その自分の心の動きひとつにすら、心をいわば日々の改まりのそれを材料としていくという生き方。はあこれによって研かせてもらおうと云うような、そこに辛抱力がいるね。その辛抱がしぬかれた向こうに、辛抱の徳というか辛抱し待つばかりなり宝船。 その辛抱ん所がいい加減にされたんでは信心はいつまで立っても難しいものになります。ね。そこの体得、昨日の御理解とはちょっと理があわないようですけれども、昨日の御理解と今日の御理解が云うなら心の動きひとつにも心を止めてという生き方と、昨日はどういうものが心の中におこってきても、それが雑念であろうが、妄念であろうが、それも神愛の一部として頂ける何か全然違った感じですけれども、それがひとつになってです、いわゆるコントロールというですか、ひとつになってそれがそうとは信じられ、感じられる信心を頂いて行きたい。
 結局なら十年もしたら我心がまつれれるということの為には、今申しますように、私共の心から、惜しい欲しい憎い可愛いといったような心をとらなければならない。ね。そして昨日の雑念妄念といったようなものも、清濁一如の信心という、高度な所に身も入っていけれる信心。そこには私はなんと云うても辛抱し待つばかりなり宝船と宝船を感じられる信心を頂きたい。私がおかげ頂かんはずはないと確信でけれる信心を頂きたい。              どうぞ